Talking Rss

ブログ村から、音楽ファン発とれたて情報&意見をお届け!

2008/09/06


CYNDI LAUPERの追加公演が発表されました。



日程は以下の通り





〈CYNDI LAUPER 追加公演〉

9月27日(土) 東京 恵比寿ガーデンホール

開場 17:00/開演 18:00



パリ、テキサス

パリ、テキサス



音楽と映像の存在に乾杯



それでもボクはやってない スタンダード・エディション

それでもボクはやってない スタンダード・エディション



加瀬くんだから観たけど普通に悔し涙



潜水服は蝶の夢を見る 特別版【初回限定生産】

潜水服は蝶の夢を見る 特別版【初回限定生産】



泣くだろうなーとは思ってたけど泣いた

とくに父との電話



結構好きです



さらば夏の光

さらば夏の光



よしだきじゅう の映画もっとみたいなー


6 Sep 2008

[from Electro-Shock Blues]


崖





せつない


6 Sep 2008

[from Electro-Shock Blues]


道





せつない


6 Sep 2008
8 1/2

[from Electro-Shock Blues]


8 1/2 愛蔵版

8 1/2 愛蔵版



初フェリーニ

面白かった

人生は祭

はっかにぶんのいち と読むそうです



ノスタルジア

ノスタルジア



前期一番の出会いはタルコフスキーだなぁ

息の止まるような映像 と 宗教



マグノリア コレクターズ・エディション

マグノリア コレクターズ・エディション



長い 長すぎる



ゼアウィルビーブラットが早稲田松竹くるみたいなんでいきます



迷子の警察音楽隊

迷子の警察音楽隊



ほんのりの笑いとしんみり

異国感がよい



欲望の翼

欲望の翼



恋する惑星

恋する惑星



観たの結構前ですけど

恋する惑星の方が好きかもしれない

こういう映画もあるんだなって おもしろかった



さよなら子供たち

さよなら子供たち



心臓がギュッとなる


6 Sep 2008
鬼火

[from Electro-Shock Blues]


鬼火

鬼火



どうしようもない主人公 ラストのあっさりさが切ない


6 Sep 2008
31 knots

[from Electro-Shock Blues]


Worried Well

Worried Well

31 Knots



来日死ぬほど楽しかった



EVERYDAY TRIP

昨年のJo Mangoの来日公演で共演いただいた、trico!さんのセカンド・アルバム『Everyday trip』が本日発売です。そのJoのライブでは、Joも大感動の素敵なステージとセッションを見せてくれていたtrico!さん。このアルバムでも、美しい音を聞かせてくれています。以下レーベルさんのアルバム紹介文。

なにげない日常のなかで、突然視界がひらけるような、心が震えるような、満ち足りた瞬間が訪れることがある。そんな時、人は「旅」をしていると言えないだろうか。本作はそんな日々のなかにひそむ、穏やかだが刺激的な、「旅」をテーマに制作された作品集。
アコーディオンやオルガンのアコースティックでオーガニックな響き、包み込むようなやわらかい電子音、既視感を誘うフィールドレコーディングのノイズ、トイピアノやメロディオンの可憐な旋律、プリペアード・ピアノの不思議な響き…それらが一体となった素朴な音楽は、美しくも切なく、小さな発見と大きな喜びに満ち溢れ、日々の時間をやさしく彩るように渾然と輝いている。
『FATCAT』(英)からのリリースで知られるデュッセルドルフの音楽家ハウシュカとのコラボレーションをはじめ、「TICA」のプロデューサーとしても知られる石井マサユキ、ガラクタに命を吹き込む打楽器奏者、山口とも、「ふちがみとふなと」の船戸博史、「Filfla/Four Color」の杉本佳一など、多くのアーティストが参加した全14曲収録。エクストラ仕様でオリジナル・ビデオ・クリップ(Tr.02)も収録。

trico!さんによると「近所の散歩から、遠い異国の地まで、ここ5年間ぐらいの旅の記録」とのことで、聞けば旅に出たくなる、また旅の想い出を感じさせてくれるこのアルバム。ぜひチェックしてください!


またアルバム発売を記念した大阪→京都→名古屋→松本→東京のツアーもあります。東京ではテニスコーツの植野さんも参加。こちらもお近くの方は(そうでない方も)ぜひ!詳しくは以下オフィシャルサイトで。


trico!、オフィシャルサイト



パート2。



 そして最終巻「死の秘宝」。



 私は、この物語が終わりを告げる事を恐れながら、読み進めました。



それは、さながら長い間付き合って来た友人を失う事を恐れるかの様な体験でした。



 正にそんな風にして、この9年間を過ごした(或いはその途中から登場の)、親しい友人の様な登場人物が、幾人も、幾人も(!)、その命を失っていきます。



 そんな彼等の姿に、一体幾度涙を流したでしょう。もう、これっきり、彼らとは会えないのだと。彼等の過去の登場シーンが、頭の中に甦り、一体幾度喪失感に胸を焦がされたでしょう。



それこそが人生である。そう言うのは、容易いかも知れません。さっきまで隣に居た親しい友人が、家族が、次の瞬間には居なくなってしまうのが、それがこの困難で、不可解で、不条理な人生の本当の姿なのかも知れません。



事実、そうして私も幾人もの親しい人を失ってきました。中には、まだ(如何なる基準においても)早過ぎる人でさえ逝ってしまいました。死んだものはいつまでも美しいと言ったのは、朔太郎だったでしょうか。そう、死んでしまったものは、残されたものの心の中で、いつまでも在りし日の美しい姿のまま、美しい思い出と共に生き続けるのです。私たち、残されたものは、醜く汚れて、汗と泥にまみれて、それでもずる賢く生きていかねばならないのです。その点において、先に逝ってしまうのは間違いなくズルい事なのです。しかし、私たちはそれを決して糾弾出来ません。彼等は逝ってしまっているから・・・。



 また、親しい人の、或いは生き物との別れとは、私たちが生きている間、永遠に心の中で抱き続けていかねばならない喪失感を新たに獲得する事でもあります。



そんな、汚い自分と、いつまでも満たされる事の無い喪失感を抱えて、何とかやっていくのが、それが人生です。



それを知る事で、私たちは、大人になっていくのです。



 ハリーもそんな風にして、大人になっていきました。



だから、この物語があまりにも多くの「死」に彩られていることをして、児童文学ではない、とするのは大きな間違いです。何故なら、彼等は決して我々の読書の楽しみだけのため、或いは、著者が物語を盛り上げるだけのために、死んでいく訳ではないからです。そこには信念や、友情や、愛情や、そう言った、私たちの人生の中で真に守るべきものの為に(相手が何もであれ)戦い死んでいくと言う、崇高な必然性があるからです。本シリーズを通じて、大勢の登場人物たちと一緒に成長して来た(本書のメイン・ターゲットである)子供たちも、ここまで読んで来たからこそ、その事を受け入れる事が出来る筈なのです。そうして、彼等もまた、ハリー達と同様、少しずつ人生の残酷さ、醜さを知って大人になっていく筈です。私たち大人は、彼等から単に「死」を遠ざけ、目を背けるのではなく、彼等がこの物語を通じて得た「死」の概念について、一所懸命、共に考える事が必要なのです。だから、決してこの物語は「児童文学ではない」事は無いのです。



 そんな、「ハリー達」を中心とした物語の中で、実はもう一人、その輪の外で、大洋よりも広く、宇宙よりも深遠な、より大きな喪失感を抱えて来た人物が居たのです。



そして、誤解を覚悟で言うなならば、この長い長い物語は、彼の為の物語でもあったのです。



ハリーの父親ジェームズやシリウス、はてはダンブルドアやヴォルデモートさえ人間的な弱さを見せるのに引き換え、彼だけは、非人間的で悪魔的なまでの冷酷さを保ち続けます。



 何故か。



その謎は、第33章で明らかにされます。長い物語の中で、唯一描かれる他の誰のものでもない、彼の物語として。



そこで私たちは初めて知る事になるのです。



これは、壮大なる何十年にもわたる彼の純愛の物語だったのだと。





胸が苦しいまでに締め付けられます。その思いの深さに。



涙腺が緩むのが押さえきれなくなります。その意志の強さに。



忘れていた色んな思いが溢れ出そうになります。その切なさに。



人はこれほどまでに、人を愛する事が出来るのか。



人はこれほどまでに、強くなれるのか。



人はこれほどまでに、勇敢になれるのか。と。



 あとがきで、訳者の松岡氏が書かれていますが(ここで彼女がこれを書いてしまうのは、ルール違反の様な気はするのですが)、彼の最後の一言に、涙が止まりません。



 これは、勇気を、愛を、苦しみを、もどかしさを、喜びを、そんな彼の人生全てを、愛する人の一部・・・たとえその半分は憎むべきものから受け継いでいたとしても・・・を受け継いだものへと(そんな全てが覆されるほどの強い愛の力を持って)伝える、ミームを乗せた短い一言です。



 私は、原著を読んでいないので、どのような単語が使われているか分かりません。それがWatchなのか、Lookなのか、Stareなのか、Seeなのか、或いはKnowなのか、Understandなのか、Comprehendなのか。恐らくは、そのどれであってもおかしくは無いのでしょうが、そのどれかであり、そのどれもである意味を含んだ言葉だったと、そう思うのです。



 最後に彼は理解して欲しかったのです。自分自身を。自分の愛を。それだけを痛切に望んで彼は死んでいきます。



あぁ、何と言う切ない物語なのでしょう!何と言う美しい物語なのでしょう!何と言う悲しい物語なのでしょう!



そして、彼自身の最も大切な文化的遺伝子を乗せたその言葉は、ちゃんと次代に受け継がれていったのです。



私たちは、物語の本当の最後にその事を知らされます。



 彼から受け継いだ者が、これから再び受け渡す者へと伝える言葉の中にその証はありました。



その言葉を持って、私にとって決して忘れ得ぬ物語は円を閉じます。



「彼がいちばん勇気のある人だった」と、伝える言葉の中に。



だから、君にはこの「名前」が付いているんだよ、と伝える言葉の中に。






長い長い物語の最後にJ.K.ローリングが、私たちにかけたのは、いつまでも解けない、ため息が出るほどロマンチックな魔法。



 シリーズ第一作「賢者の石」が日本で刊行されたのが、1999年。それから、足かけほぼ9年の歳月を過ごした、ハリーとその仲間たちの物語がついに大団円を迎えました。



9年と言うと、「賢者の石」の頃に生まれた子どもが、今では小学3年生になっている計算です。



 そして私たちがその間に、よりこすっからい大人になったのと同様、最初の頃は、純真で何も知らなかった11歳のハリーも、人を疑い、自らを疑い、世界を疑い、その一方で、本当に大切なものが何かを知る、大人の一人へと成長を遂げました。



ハリーと同様に、ハーマイオニーもロンも登場人物の誰もが、この長い物語で描かれる様々なエピソードを通じ、人生の苦しみ、楽しみ、喜び、悲しみを知る事で、いつまでも無垢ではおれない、その困難な道程に気づいて行きます。



 当初は無邪気な冒険物語に思えた本シリーズが、徐々にその隠された本当の姿を現し出すにつれ、私たちは裏切りや陰謀、策略や暴力、嫉妬や不条理、そう言ったこの世界を彩り、決して避けては通る事の出来ない、他人の、或いは自分自身の心の奥底を覗き込む事になります。



ある人はそれを「暗い」と評し、ある人はそれを「もはやファンタジーとは言えない」と言って忌避するかも知れません。またある人は「ハリー・ポッター」シリーズは変容してしまった、と離れて行ったかも知れません。



 長いシリーズの第一作で、私たちは児童文学の可能性に、再び気づかされました。そこには、この世界にはない、誰もが夢みる不思議な力と生き物と冒険が間違いなく息づいていたからです。



 第二作「秘密の部屋」では、そんな第一作の魅力を引きついだ上で、さらに手に汗握る、彼等の冒険に胸をときめかせました。また、様々な登場人物の行動や言動、生い立ちをだんだん知るにつれ、その誰もが持つ個性の一つ一つに、嫌悪感や、共感、愛着を覚え出したのもこの頃からです。



 第三作「アズカバンの囚人」において、ついに本シリーズはその隠されていた裏の顔を見せ出します。ダークで、シニカルで、そして残酷な。この辺りから、誰もが持つ、暗い一面にスポットが当てられ出します。そして自動的に私たちは自らに問い直して行かざるを得なくなるのです。「信じるとは何か?」、「この目に映る、この世界の有り様は全て真実なのか?」、「その真実とは一体何なのか?」と。



 第四作「炎のゴブレット」は、シリーズ中、最もエキサイティングでアドベンチャラスな舞台設定を備えているにもかかわらず、読後、私たちの心に渦巻くのは不信や不和や、死に対する恐怖と言った、ネガティブな感情ばかり。この巻において、ハリーたちと私たちはついに「死」に直面します。それは、決してどこか遠い所にあるのでは無く、気づけばすぐそのそばに日常的に存在するものとして。そう、さながら私たち人間はその事を知る事で、イノセントではおれなくなるのだと言う事を教えるかの様に。そしてここから、「子供向けの」ファタジーであった筈の物語は、その舵をもっと大きなものへと切って行く事になるのです。



 第五作「不死鳥の騎士団」では、ハリーはひたすら苦悶します。青春時代の胸のうずきと、押さえきれない衝動と、もどかしい感情と、なる様にならないこの世界と、そんなもの全てに。著者は、読者からハリーへの共感を取り去ろうとでもしているかの様に、執拗に描きます。鬱陶しく、苛立たしく、不従順なハリーの姿を。しかし、これは紛れも無く、あの頃、あの時、私たちが胸に抱いていた、やり切れなさや、苛立ちそのものです。何か別の生き物が心に住み着き、私を内部から駆り立てていたあの頃。両親に、先生に、友人に、社会に、世界に、たった一人で立ち向かっていた様な気がしたあの頃。だからこそ、私たちはそんな彼の姿を見ると、自らの過去を思い出し、恥ずかしい様な、情けない様な、そんな気がして、思わず彼から目をそらせたくなるのです。しかし、そんな物語の最後に、ハリーは恐らく、もっとも大切な人を失うのです。そして、彼は知ります。己に潜む、暗い感情や、悪魔的な一面を。それを上手く飼いならすのか、或いは。きっと、それが大人になると言う事なのでしょう。自分の全てを飲み込み、許容し、同時に否定する。そうして、ハリーはまた大人の階段を一つ昇るのです。



 第六作「謎のプリンス」。終末に向かって突き進むメイン・ストーリーに絡ませて、著者のローリングはこの巻で、様々な謎解きを行うと同時に更なる謎を散りばめて行くのです。もはや、大人になったハリーには、誰一人として完全に信頼出来る人間は居ません。ダンブルドアでさえ、です。周りには陰謀と裏切りと暴力が渦巻きます。ハリーにとって「死」は、完全なる日常となりました。心に住む怒りの炎は、すでにそこに留まる事に倦み、今にもその目から、口から、体中から吹き出しそうになっています。そんなハリーの姿を描きながら、なぜか本作は同時に、これまで初巻から登場してはいましたが、決して主役級ではなかったもう一人の人物を、ついにクローズ・アップします。これまでの彼の行動の数々、言動の数々、全ては依然謎です。それでは何故、この人物は本シリーズを通じて、こんなにも悪魔的な魅力に溢れ、不可思議な存在で、私の心をとらえ続けているのか?そんな謎に、最終巻である「死の秘宝」は、見事に答えてくれるのです。



 長くなりましたので、次回に続きます。



なお、次回、内容上ややネタバレ的な要素も少なからず出てくるかと思いますので、完全に情報をシャットアウトされたい方は、お読みにならない様おすすめいたします。






Nightmares On Wax-Thought So...

Amazonで詳しく見る(US盤)
 Amazonで詳しく見る(日本盤)

当ブログの読者は音楽CDを買う時は輸入盤を選んでいる方が多いと思いますが、日本盤って高いですよね。近頃はアマゾンも複数枚買うと10%OFFキャンペーンとかを行っているから、そうすると輸入盤は日本盤よりも1000円近く安い時もあって、それじゃあわざわざ日本盤なんて買う訳無いし。宣伝費か人件費かどんな事情かは知らないけれど、高いだけの日本盤の意義なんてあるんですかね〜。



さてWarp Recordsを最初期から支えているNightmares On Waxの通算6枚目。活動も15年以上に及びますが、当初から殆ど変わる事のないトロトロなトリップホップは今も健在。あ、でもトリップホップって言葉自体は死語な気もするので、ソウルやヒップホップも飲み込んだ黒いグルーヴ溢れるダウンテンポって事で。変わらない事は進化が無いと否定するのではなく、純粋に一つの方向性を極めていると言う分かり易い一つの例がNOWですね。今作もプログラミングで制作されたねっとりとしたリズムトラックの上に、人力によるギターやベース、キーボードの音色を被せて、生っぽく緩いバンドサウンドを披露しています。また緩いムードが漂いながらも今までよりもファンク色が強く感じられるので、拳を握りしめてシャウトしたくなる面もあります。結局どうであれNOWってブラックミュージックの上を歩んでいるんですね。真夏のチルアウトとして最適な発汗剤として聴ける安心の一枚。



試聴



Check "Nightmares on Wax"


ナノムのHellogoodbye観てて



このバンドは広い所は向いていなんじゃないかと思った



声にエフェクターかけてるから明瞭じゃないし



ギターにかき消されそうだし



最高にキュートなバンドだけど



クラブの方が似合ってるな―





なんていらぬおせっかいです



スペシャの集音力に問題あっただけかもだけどね 笑









首寝違えて痛いです



無理にストレッチとかしない方がいいらしいです



とあるHPの入れ知恵によると



知らなかったからすごい首回してしまった



小6以来だよ,寝違えたの 笑









昨日のリハーサルは楽しかった



ただあそこに先生じゃなくていっぱいの生徒がいたら...



緊張のしすぎで緊張しなくなるかも









土日も練習



うまくいったからって驕ってたらだめだよね



頑張りましょう:-)











委員会で居残ってたので



自転車移動なるものを初めてしました



最近は7時になったら真っ暗なんだね











クラスに遅刻しそう



ではまた













もう一週間前なんですけど・・・

やっとサマソニ大阪の放送時間が分かったので。



【放送予定】

朝日放送 「サマーソニック08」

・9月12日(金) 25:59〜27:59

※詳細はこちら




今年もお友達に頼みました。もうこれだけのために生きている!なサマソニなので感涙!

ありがとうお友達!!



***



木曜はサンゲタン食べに行ったらビビンバのセットとオーダーミスされてしまった。

まあドリンクがタダでついたからいいんですけど。ミニじゃ物足りない!

MGMTが土日で大阪だったら私の友達が一緒に行ってくれてたかもしれないよ…。つか名古屋来てたら誘うのに!あーあ。



この日めちゃ眠くて傘をどこぞに置いてきてしまったんです(…。)

で次の日に心当たりのある場所に電話をいくつかしてたんですが、とあるデパートの遺失物係のおっさんの対応がなんかカチンときた。

こう見下してるっつーか面倒くさいなみたいな対応…。そして聞いてることにいちいち変な言い回しで分かりにくく説明してくるという…。

こっちだって面倒くさいわ!やる気のない社員雇うのは客商売としてだめでしょう。と思った。ま、いーけど。

結局傘はどこに行ったんだろー。古い傘だけど自転車乗ってても壊れないから重宝してたんだけどなあ。



***



フォト蔵の写真を地図に載ってけてみた。やっぱflickrのが地図載せるのも楽しいんだけどね…。

そしてアルバムはタイトル順にできると判明。なのでサマソニ写真は番号ふって順番通りにしてみた。

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次からは一枚ずつUPするのが賢明だなあ。。



今日は1日、むちゃむちゃだるだるだったのに、

横になってひたすら音に浸ってたら、

だるだるじゃなくなりました。びっくり。



ここはもう秋の夜長。夜更かし開始。




時々、自分で自分の趣味嗜好がわからなくなるときがある。

…いや、イタい人ではない、心配は無用だ。



自分ではロックの人だと思っている。

ロック村字ポップの住人だと思っているし、今後も住処を移る予定はない。

にも関わらず、数ヶ月に一度、なんだか今まで使ってなかった回路が開くときがある。

…いやだからイタい人ではないから心配は無用だと言っている。



その回路は今年すでに二度ほど開いた。

一度目はこれ。

Rodrigo y GabrielaRodrigo y Gabriela
Rodrigo y Gabriela
ジャケットがちょっと怖いけど、バンド名からもお察しの通り、スパニッシュである。

という説明ももはや不要なぐらいにはブレイクした。

試聴してるうちに、なぜだか「こ、これは買わんと!」と突然切羽詰まって買ってしまった。



二度目はこれ。

Soon It Will Be Cold EnoughSoon It Will Be Cold Enough
Emancipator
以前にも書いたが、タワーで流れてるのを聴いてるうちに、なぜだか「こ、これは買わんと!」と突然切羽詰まって買ってしまった。



で、今回が三度目。

ここでようやく本題に入る。



B001BZ8J10Juanita And Beyond - Live Studio Sessions
Roman Andren


ジャケットが気になったので、何となく試聴してみたら、あら。

予想以上に聴きやすくて、そうなるともう「こ、これは買わんと!」と突然切羽詰まって買ってしまった。

ジャケットだけ見てたら、ちょっと前のポストロック系、あるいは60〜70年代ソフトロック再発盤、はたまたおしゃれハウスや、こう見えて意外に尖ってますテクノみたいな風にも見えるし、このオッサンだけ見てたら、北欧系おしゃれポップの名盤みたいな風にも見える。

が、しかしその実態は!

えっと、ブラジル?

いやジャズ?

てゆうかボサノバ?

なんかよくわかんないけど、全部合わせてブラジリアン・ジャズボサとか言うらしい(どっかにそう書いてあった)。

そのままですやん。

でもこのオッサンの出身はスウェーデンらしい。

となると、正確を期せば、スウェディッシュ・ブラジリアン・ジャズボサである。

さらにそのままですやん。

てゆうか、どこへ向かいたいのかだんだんわからなくなってきた。



しかし、ロック村字ポップの住人が、なんでまたそこに行くかな。

という疑問質問はもっともである。

もっともであるが、オレもわからん。

何となく、そういう気分だったというか、そういう日だったというか、それぐらいしか理由が浮かばない。

まぁ強いて挙げるなら、秋の訪れを感じたから、とでも言っておこうか、ふふ。



とりあえずこのアルバムを流してると、一瞬でそこがカフェみたいになるので便利だ。

例え仕事に追われて七転八倒してようが、スピーカーからは心地よい音楽が流れて、まるで居心地のいいカフェで七転八倒してるような気分になれるのだ。

どっちにしろ七転八倒するなら、ゴミゴミした仕事場より、居心地のいいカフェの方がなんぼか気分が良いに決まっている!



…思わず変なところで熱が入ってしまったが、とにかく。

多分もうしばらくはこのアルバムを“最近のお気に入り♪”とかなんとか言いつつ、オレは嬉しそうに聴いてるのだろう。

そうやって広く浅く吸収するのが、あるいは集中して一時的に聴き倒してこそ、何でもありありミーハーなオレの面目躍如、とでも言っておこうか、ふふ。



もっとも、こういうのを熱しやすく冷めやすいというのだけれど、世間では。


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今日渋谷で買ったCD、12枚。 最近何を持ってて、何を持ってないのか…。 iPodがないと解りません。 戦国乙女で勝った10kと残業代が全部消えた。 BMX Bandits / Life Goes On Brendan Canning / Something For All Of Us... Cocteau Twins / Treasure Depeche Mode / Speak & Spell Epic45 / England Fallen Over Ex-Otago / Tanti Saluti ...


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