Sonic death
「どうぞ」と会場入口で耳栓を渡されたのにはつい苦笑してしまったが、これから足を踏み入れる音場に現出するノイズ魔境を侮ってはいかん・・・と思いなおし、生まれて初めて耳栓着用でライヴを観ることになったマイ・ブラディ・ヴァレンタイン16年ぶり(筆者にとっては川崎クラブチッタ以来=17年ぶりか・・・ってマジかよ!)の復活ライヴ。1週間前急遽ICAでウォームアップ・ギグも行なわれたのだが、ゲストばっかで一般客にはほとんどチケットが出回らなかったみたいよ~と(運良く行けた)知人も話していたように、この日がプロパーな復活第1弾ギグと言っていいだろう。ちなみにラウンドハウスでの5日間連続ロンドン公演はすべて即ソールド・アウト。
前座はファースト「I Killed My Best Friends」(06年/オネスト・ジョンズ。センスのいいレーベルだよね)にケヴィン&コルムが参加したことでカルトな話題を集めたユニット、Le Volume Courbe。シャルロット嬢の清楚な歌声とフォーキィ・カントリーなメロディをヴァイオリンやエレアコで縁取る演奏は仄かな闇を湛える美しいものだったが、キャパ5000近い大会場にディテールを吸い込まれてしまった感でちょっとかわいそう。かくいう筆者の意識も、彼らの演奏を聴いているうちに91年MBV公演の様子を思い出すべく記憶の奥深くに潜っていったのだった・・・がしかし浮かびあがるのは色彩のハレーションとライト、ノイズのウズばかりで、ケヴィンがどんな様子だったかとかどんなライヴだったかとか、明快な「絵」は一向に像を結ばない。当時からミステリアスでカルトなバンドだった彼らが日本に来たってだけでもお腹いっぱいになっていた(行く前から感動しすぎて肝心の場面で機能しない)のはもちろん、あの頃の自分がいかに何も考えておらず、「Soon」でひたすら踊り狂い「You Made Me Realize」でモッシュに突進することしか考えていなかったかが改めてよく分かった。アホや。
開演予定時間を30分ほど過ぎて、デビー、コルム、ケヴィン、ベリンダの順でメンバーが遂に登場。大喝采と「We missed you!!」の絶叫が湧き起こり、周囲の女性客は「ベリンダ変ってないぃぃぃ(かわいいぃぃぃ)!」と感極まった悲鳴を上げている。コルムの白髪が増えたのを除き、全員往年の面影を残しているのにはほっとした。しかしベリンダはキャミソール風のトップにピンク・サテンのサッシュ・ベルト、白カーディガン、黒のスラックスにハイヒール+縦ロールの美しい巻き髪が肩にこぼれる、さながら成城のおしゃれな奥様風。時折り上品な笑みを浮かべる姿からはロックのロの字も浮かんでこない、不思議に憂き世離れした人である。
バンドは無言のまま「Only Shallow」に突入、ダイナソー・Jrといい勝負!なマーシャルがメインのアンプ11台から吹きつけるめくるめくブラインド・ノイズが視界を覆っていった。足場がそのまま溶けていくような落下感はやはり抜群に快感で、背後に吊るされたスクリーンに映写されるサイケデリックなイメージ映像と相まって脳内光景が変容していく。ケヴィンとベリンダの浮遊デュエットがスウィートだった「When You Sleep」に続き、一転コルム&デビー(この人のプレイ、ハードコア・パンクのそれっすね)のブルータル極まりないリズム・セクションが全開爆発する「Isn‘t Anything」曲へ。「(When You Wake)You’re Still In A Dream」ではブレイクのタイミングをトチり合いケヴィンが苦笑いし、VU型の名曲「Lose My Breath」もややルーズ・・・とぐらつきの残る場面もあったが、逆に言えば16年ぶりでもあれだけのバースト音を出せるのだからすごいと思う。
しかし続く「I Only Said」からサウンドのバランス&演奏そのものも安定してきて、垂直落下型の「Isn‘t~」よりも「Loveless」期楽曲のひたすら飽和しループしていく覚醒サウンドの方がおしなべて出来が良い気がした。1曲ごとにギターを取り替え(ケヴィンは何本ギターを持ってきてたんだろうか?専任テックがアンプの背後にそれぞれ控えていて、チューニングやカポを施したギターをふたりに手渡す仕組み。初期のソニック・ユースみたいだな)、ケヴィンとベリンダは淡々とトレモロ・アームを動かし続ける。そのぴたりとシンクロした両者の手の動きを見ていると、いつしか催眠術をかけられているような感覚に陥る。と同時にこの元恋人同士のふたりのいまだにオートマティックかつ完璧な息の合い方を見ていると――遠く離れたステージの両端に引き裂かれたように立ち、演奏中言葉はおろか目線も一度も交わさなかったのだけど――が、音楽とギターで誰にも理解できない暗号のデュエット/交信を交わしているようでちょっと胸が疼いた。「Loveless」の楽曲があんなにも切ないのは、もしかしたらあの作品がふたりにとってのブレイクアップ・アルバムだったからかもしれない。
中盤までライヴ全体のトーンもユーフォリックだったが、ハード・ロッキンな「Thorn」「Nothing Much To Lose」から畳み掛けた「To Here Knows When」のロマンチックかつ壮絶な隆起が個人的にはハイライト。掴まえられそうなのに決して手に入らない、蜃気楼のように美しい音のプリズムがフラッシュバックしていく。でも人気シングル曲がまだ出てませんよー!ということで、オーディエンスの中に一際大きなリアクションが生まれた「Soon」からラスト・スパート開始。いまだにこんな楽曲はどこにもないし、誰も真似できない、やはり奇跡の曲だ・・・とゆらゆら踊りヘラヘラ笑いながらよだれを垂らし、遂に血気盛んな男連によるモッシュが始まった「Feed Me With Your Kiss」のヴァイオレントかつセンシュアルなノイズに耽溺する――がしかし、オーラスに待ち構えていた「You Made Me Realize」ミドルの20分近いフィードバック・ノイズ、これには一気に奈落の底に突き落とされた。
ネットに出回ったICAでのセット・リストおよびレヴューを読んでこのサディスティックな展開は承知していたのだが(ほんとは前もって見ないでおこうと思ったが、誘惑に負けてググってしまいました)、ここまでマキシマムに漆黒で邪悪(Evil)以外の何物でもない容赦ない轟音攻撃に遭ったことは筆者は今まで一度もない。どこまでデシベルを上げてたか知らんが、あれは人間の聴覚が耐えうる極限だったんじゃないだろうか。ダイナソー・Jrもブルー・チアーもモグワイもロカストもすごいと思ったが、んなの比ではない。途中から咽喉のあたりが痛くなってきて(スピーカーのどまん前に立っていたので、まじに音波で身体がビリビリ震えていた)、音で窒息するかもしれないとすら感じる、それくらい意味も解釈もロジックもシンパシーも疑問も一切寄せ付けない、もはや音楽ですらない(あれに較べたら「Sister Ray」すらポップ・ソングに聞こえる)ピュアな極北のノイズがそこにあった。∞な音のブラック・ホールは恐ろしくもあったが、何物にもコントロールされない真のカオスの発現は美しい。ぱっくり口を開けた狂気の淵=MBVは、シューゲイザーもネオゲイザーも蹴散らす真のオリジネイターだったことを証明してステージを去った。ロックンロールの極限を体験したい人は、絶対にフジ・ロックで彼らを観るべきだろう。そこで徹底的に耳垢を掃除してもらうといいと思う。この世には、媚びてばかりで醜い、不純な音が多すぎるので。
耳栓を外しても、耳鳴りはえんえん続いていた。でも、出血してなかったのでちょっとほっとした。
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