今もっともエキサイティング&怒涛のライヴをやらかしてくれるトロント出身の6人組(これまで5人組として活動していたが、元ノー・ウォーニングのベン・クックが参加し現在はギター3本の6人)、ファックト・アップ。イカれたバンド名、巨漢ヴォーカル=ピンク・アイズの爆弾(肉弾?)パフォーマンスを筆頭に異色ででこぼこな佇まい、ソリッド&根源的なパンク・ロックの咆哮/猛攻で2年ほど前から(パンク・キッズだけではなく)ロック・ファンの間にも徐々に名前を浸透させつつある彼らだが、結成2001年とキャリアは長く、数多のシングル(多くが超限定盤7インチ。自主リリースも含む)やツアーを通じてハードコア・パンク界では既に熱狂的な支持基盤を獲得しているバンドだったりする。
そんな彼らが初のLP「Hidden World」(06年)を境に今やNMEやViceといったメインストリーム系のメディアにまで進出しているのは驚きだし、それをして昔ながらのファンから「セル・アウト」の罵り声が上がるであろうことは想像に難くない。そもそもエモのイメージが強いジェイド・トゥリーから「Hidden World」がリリースされたこと自体、ファンには驚きだっただろう。ストレート・エッジやハードコアの理念としてアンチ商業主義/非主流があるのは周知の事実で、実際現在の周到かつ狡猾に張り巡らされた音楽ビジネス・ネットワークに絡めとられることなくバンドがDIYなパンク精神をまっとうするにはイアン・マッカイ並みの鋼鉄の意志&継続力が必要になる。故にメインストリームを自主的に避けるバンドも多いだろうし、たとえば筆者自身がファックト・アップの存在を昨年までまったく知らなかったように、そこには毅然とした「アンダーグラウンド」と「オーヴァーグラウンド」の境界線、符牒のように崇拝される隠れたヒーロー達が存在するのだ。
グランジ、ネオ・パンク、エモ、メタルコアなど「ヴァリエーションとしてのパンク」が次々にメジャーに侵食されトレンドのひとつとして消費されてきた90~00年代を経て、それでも熱心なファンとコミュニティに死守されてきたとも言えるハードコアの牙城。しかしファックト・アップに興奮させられるのは、彼らがその文字通り「Hidden World」からの使者として壁をクロスオーヴァーするポテンシャルを持つバンドだからだ。ファスト&ラウドな初期シングルを通じダムドやラモーンズばりのメロディックなフックと急襲カタルシス、饒舌なギター・アレンジを磨いてきた彼らは、シャウト・スタイルのヴォーカルという強烈な個性をキープしつつ、その周りを囲む音楽性を徐々に広げてきた。パンクのバースト感とシンプリシティが真っ先に耳を捉えるものの、組曲風な構成、ヴァイオリンのパッセージ(ファイナル・ファンタジーの才人オーウェン・パレットの仕業)、コーラス、エピックに構築されたアレンジなど「Hidden World」は聴けば聴くほど多彩な表情を披露していく。そこに、たとえばハードコアから出発しつつヘヴィなドゥーム・サウンドを生み出したブラック・フラッグ、あるいはサイケデリアやジャズも吸収したハスカー・ドゥーといったSSTアクトに通じる拡張スピリットを感じるし、パンク=テクニックや音楽的知識は二の次というひとつの神話――バンドを続けるうちに、たとえ最初は下手でも多くの人間が素人レベルから卒業するものだろう――を打ち破ろうとする意志が覗える・・・と何やら小難しくなってしまったが、単純な話、ブリリアントなフロント・マンとタイトなバンドが織り成す純度100%のロックンロール爆風に揉まれ、忘我の果てに「生の勝利」を感じるのはただただ気持ちいい。昨年彼らのライヴで筆者がKOされたように、解釈は後からでもいいから、まずは彼らの音に全身で飛び込んで知られざる世界への扉を開けてみてほしい。そして、ファッションやスタイルとしてではなく生き方としてのパンクを貫く人々に出会ってほしい。
ネットに流布する様々な噂や風評、イメージや象徴を多用した観念的な歌詞、メンバー全員表立っては本名を明かさない、MySpaceページをいまだ持っていない(ルパート・マードック嫌いなんだろうけど)・・・などなどミステリアスでどこかスキャンダラス、掴みどころのないバンドというイメージがあるのは確かだが、それは聴き手を困惑させ煙に巻くことで、それでもへこたれずにバンドを追いその真価を見極めようとするガッツのあるファンを彼らが求めているからじゃないか?と思う。このバンドもまた、自分達のトライブ(種族)を生み出そうとしている連中のひとつなのだろう。しかし昨年マタドールとワールド・ワイド契約、いよいよ本格浮上の時期が到来した。セカンド・フル・アルバム「The Chemistry of Common Life」で日本デビューも決定!というわけで、最新7インチ「Year Of The Pig」にわざわざ「日本盤」まで作ってくれた(「豚年」ってちゃんと漢字で書いてあります:涙)日本愛好家/お寿司好きでもある彼らに初対面と相成りました。ライヴのすぐ後、汗だくにも関らず気さくにインタヴューに応じてくれたミスター・ジョーことジョナ・ファルコ(Drs)は、ステージでのアニマルなスティックさばきとは裏腹に快活&闊達で頭の切れる、そして何より音楽大好き!なピュアな情熱であふれる好青年。ファックト・アップと並行してCareer Suicideでも活動、日本ツアーも経験済みの彼(CSではギター担当)は、ツアー続きの人生の中であらゆるものに好奇心を全開して生きている=どこでもサヴァイヴできる生まれついてのトラヴェラーだと思う。昔恋した(でもあえなくフラれて大失恋しました・・・)かっこいいパンク少年の面影がだぶってきて、その「音楽さえあれば生きていける」若さ&無垢さに久々に胸がちょっと甘酸っぱくなったとさ・・・という感傷的な余談はさておき(別にジョナに懸想したわけではなく、「清々しい人だな~」と感動しただけです)、10月ドロップの新作を心して待て!というわけで、バンドの足取りを追うインタヴュー:パート1をどうぞ。
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まずバンドのこれまでのヒストリーを簡単に教えてもらえますか。
OK!
2002年頃に音源デビューですよね?
・・・だね、2001~02年あたりだった。で、核になるふたりのメンバー(ギタリストの10,000マーブルズとコンセントレーション・キャンプ)はもともと友達同士で、一緒にハードコア・バンドを始めようとしてたんだ。スタイルとしては、ライヴでオーディエンスに立ち向かっていくような、すごくダイレクトでエレクトリックなスタイルというかな。で、他のメンバーとリハを始めたんだけど、そのラインナップじゃ上手くいかなくて・・・そうこうするうちに今の顔ぶれが揃っていったっていう。まあ、今のこのメンバーが一緒になったってだけでも、実はすごい話なんだけどね。というのも、メンバー全員それぞれにどこかでうっすら繋がってはいたけど、ひとり、またひとりとこのバンドに参与していって、まるでちょっとした巡り合わせがそうさせたような感じなんだ。ほんと、この5人が同じバンドに一緒にいるってのはあり得ないような話でさ。以前から友達だったわけでもないし、お互いによく知ってたわけでもない。ほとんどもう・・・ある種作られたバンドみたいな(苦笑)、どっかで操られているような気すらするんだよ。もちろん実際はそんなことなくて、もっと自然なものだけどね!で、2001年にメンバーが固まって、デモを録音したりトロントでもギグをやり始めるようになり、友人のアドバイスで最初のシングル「No Pasaran」を、トロントから1時間くらいのところにあるすごく気味の悪いハミルトンって街でレコーディングして。でも、あそこは過去15~16年くらい・・・たぶん90年代半ばくらいからだろうな、パワフルなハードコア・パンク・シーンが存在する場所でもあって。だからまあ、地方に存在するパンクのメッカというのかな、とりたてて革新的なバンドやすごいものが出てきたわけではないけど、パンクを守り立てる気風のある土地柄っていう。ともかく僕達はそのハミルトンに向かって、有名な地元のコア・バンド、レフト・フォー・デッドなんかの作品が録音されたスタジオでレコーディングして・・・えー、ちょっと話が長くなってきたからもうちょっとはしょるね。というわけで僕達は最初のレコードをリリースして、そこから雪球が転がるように物事が発展していって・・・03年にはアメリカのバンドと最初のUSツアーをやって、シングルもどんどんリリースしていった。で、5、6枚シングルを切ったところで音楽的な方向性を変えたくなってきたんだ。色んなアイデアを組み込んで、曲の尺も伸ばした「Looking For Gold」(12インチ・シングル。16分の大作/04年)を録って・・・メンバー各人がこのバンドがどこに向かうのか、そこにもっと突っ込んだ要素をプラスしていったというか。で、その方向が「もっと速く」ではなく、むしろ「もっとワイドに広げていこう」だったという。まあ、バンドとして世界をツアーして回ったっていうのもあるのかもしれないな。分からないけど。というわけで、これがまあ僕達の「希釈したヴァージョン」のヒストリーってところ。
以前はスピーディ&ラウドな典型的ハードコアをプレイしていたわけで、じゃあファースト・アルバム「Hidden World」に入っている長い曲とかは本当に異例だったわけですね。
うん。(アルバム前の)シングルに関して狙っていたのは、すごく古典的なパンク・ロックのフォーマットをやろうってことで。あれは2曲入りのシングルでやれる、最大のインパクトを与えられるスタイルだよね。それに・・・爆発的な要素を持ち得るパンク・ミュージックみたいな危険物を、A/B面の両サイドに収めることができるってのは面白いよ。シングルだったら、ひとつのアイデアなりテーマを焦点をボカすことなく発展させることができるというか・・・大きな文脈を考える必要もないし、ポラロイド写真みたいに(パチン!と指を鳴らす)深く考えることなく、撮ったらその場でできあがり、ありのままの写真がゲットできるっていう。でも、アルバムに関して僕達の頭にあったのは、全体のアイデアの中に音楽そのものも含めていこうというもので。曲の長さを押し付けていくっていうだけじゃなく、人々に曲に集中するよう強いていくというか・・・聴き手に願わくは16分の間僕達の曲に集中することを余儀なくさせる、強制するというかな。ちょっとねじれた面だけど、もちろんそれだけじゃなくもうひとつの面として、僕達にとって音楽的なアイデアを発展・成長させていくってのは長い目で見れば興味深いことでもあるわけで。そうやってハードコア・パンクの音楽的な流れを続けていくんだって僕達は見ているし、たとえばそれをこれまでにやってきたバンドにアドレッセンツとかダムドみたいな連中がいるわけだよね。彼らは音楽の中で転調や曲の尺、音を重ねていく面なんかで実験してきたし、それって・・・パンク・ミュージックって、音楽的な幅の広さという点に関しては必ずしも良い点をもらえないこともあるわけで、その意味でもこういうチャレンジはやりがいがあるんだ。
CDのリリースはシングル・コンピレーション「Epics In Minutes」を除くと「Hidden World」が初めてだったと思いますが、なぜ7インチというフォーマットにこだわるんですか?
でも、僕達はレコードは今でもすごく重要だと思ってて・・・ヴァイナルってのはイージーにうっちゃれない物だし、音楽にとって一番大事なフォーマットなんだ。よし、強調しておくね。(声を大きくして)「ヴァイナルは、使い捨てできない、そして音楽にとってもっとも重要なフォーマットです」。ピリオド!
(笑)かつ、もっともアイコニックなフォーマットですよね。
そう、アイコニック!・・・視覚的な見地から見たってそうだし、美学そのものもそうだよね。要するにフィジカル、物質的な存在なんだ。実際レコードを手に持つことができるって点、そして音を聴くためにはいちいちターンテーブルの上に載せたり、色んなプロセスを経なきゃいけないところとか、それそのものが・・・100%具体的だし、レコードを手に持って、いちいち針を落すっていう手順は他にないグレイトなプロセスだよ。それを継続していくのは僕達にとって大切なことだし、パンクの7インチであれソウルの7インチであれサイケの7インチであれ、僕にはほんと、好きなレコードが山ほどあるから。まあ、ここで話してるのはどっちかというと僕個人の見解であって、バンド全体の統一した意見とは言わないけど・・・少なくともヴォーカル(=ピンク・アイズ)と僕はバンドの中でも熱烈なレコード・コレクターだし、だからヴァイナルの伝統を続けていくのはすごく重要なんだ。というのも、今の音楽はアナログからどんどん遠ざかっているし、それにまあ単純な話――君も賛成してくれると思うけど――ヴァイナル・レコードの方が断然音が良いしね!
ええ(笑)。でも、そうやってレコードにこだわるのってバンドにとっては不利でもありませんか。一部にレコード復帰の傾向もありますが、やっぱりあくまで熱心なコレクターのものであって、主流はデジタル派、ターンテーブルを持ってない人の方が多いし。
まったくその通り。それって先祖帰りみたいなものだし、2008年の現在、若い音楽購買層の大半は恐らくレコード・プレイヤーなんか使ってないっていう。もしかしたら親のカーステにまだテープ・デッキ、あるいはCDプレイヤーが装備されてる人もいるかもしれない・・・もしかしたら親どころか祖父母の車かもしれないけどさ。
(苦笑)。あなた達のファンはどうだと思う?
僕達のファンは、みんなターンテーブルを持ってるよ!ハードコアのファンってのは、なんというか、既にレコード収集熱に目覚めた人達から成り立ってるようなものだからね。僕がハードコアにハマり始めた頃・・・あれは90年代半ばか後半だったかな、僕はまだ26歳で若いけど、それでもターンテーブルは持ってたし。埃をかぶった親のプレイヤーを引っ張り出してね。っていうのも、それしかレコードを聴く手立てがなかったからさ。だから7インチで音源をリリースするわけだし・・・そんなに聴きたいんなら、レコード・プレイヤー買おうよ!っていう(笑)。それほどバカ高い買い物じゃないでしょ?もちろんレコードでのリリースは色々不利にもなるし、「どうやってアナログ盤をCDプレイヤーでプレイすればいいんだ??」なんて見当もつかないような人にとっては聴く気を挫くものでもある。でも、CDやMP3だらけの世の中でヴァイナルにこだわるのは他との差別化にもなるし、レコードはアートの媒体として優れたものだからね。たとえばシングル盤を例にとったって、実体のない「曲」が漂ってるよりずっといい。だから、それが主義としてあるっていうか・・・まあ、これもかなり要約した話なんだけど(苦笑)。
しかしそれもあって、「Hidden World」が出るまでファックト・アップは知る人ぞ知る存在でもあったと思うんです。
うんうん。
で、ジェイド・トゥリーに続き次作「The Chemistry of Common Life」はマタドールから出るわけで、これはかなり大くて国際的にも知られる、かつハードコア・パンクとさほど縁があるとは言いにくいレーベルですよね?マタドールと契約することにしたのはどうしてですか?
うん、それに対しては答えがふたつある。ひとつは・・・まずマタドールに関して言うと、やや言い訳っぽく聞こえるかもしれないけど、彼らは実はハードコアとコネクションのあるレーベルなんだ。クリス、パトリック、それからジェラルド・コスロイの3人があのレーベルの核なわけだけど――
もちろんレーベル最初期の段階では、彼らもパンク・ファンジンを作ったり、80Sハードコアと縁があったと思いますけど。
そうそう!ジェラルドはホームステッドにも関っていたしね。
ええ。90年代以降のマタドールは、しかしGbVやキャット・パワーといったアクトがメインですよね。
その通りだし・・・僕だってGbVは大好きだよ!(笑)でも、僕はああいうバンドも根本的にはパンク・バンドと看做しているんだ。それって、小文字のpの「punk」みたいなものも偉大な歴史の中に含むって風な考え方で・・・大文字の「PUNK」として、いわゆるモヒカンだの鋲打ち革ジャンだのがあるとすれば、小文字の「punk」ってのはそこに含まれる音楽的な広がりの一部なんだ。そう考えればマタドールもハードコアにちゃんと繋がっているし・・・もちろん分かりやすい形で、たとえば08年のマタドールがシッティ・リミッツ(Shitty Limits)のレコードを出してるってわけじゃないけど(笑)、元をただせば僕達が尊敬し、また共感する音楽と同じ布から切り取られたものってことだし、イコール僕達とも共通しているだろう、と。だからマタドールとは繋がりを感じているし、その前のジェイド・トゥリーに関して言えば・・・彼らと契約することにしたのは、バンドの限界を広げたいって思いが大きかったんだ。「Hidden World」に関しては前もってある程度アイデアを持っていたけど、出来上がってみたら、自分達がレコーディングの間に考えていたのとは違うものになっていた。かなり長い曲もあるし、面白いアイデアも色々あるじゃんっていう。で、これを普通のハードコアのレーベルから出したら、それこそこれまでとまったく同じ、「知る人ぞ知る」ファンの手に落ちて終わりってことになる。イコール、1000人くらいがアルバムを買ってくれて、しかもうち半数は「曲が長すぎる!」ってことでこのアルバムを忌み嫌うことになるだろう、と。
(苦笑)なるほど。
だからまあ、ある分岐点に達したっていうのかな、左か右のどちらかに進むしかないってことになったわけ。だから、バンドの何人かにとってはきつかったけど、他のメンバーにとってはそれほど苦もなくジェイド・トゥリーと契約することになって、彼らのおかげで僕達も次なる世界に進むことができたわけ。僕達をカルトな存在として守ってくれていた人達の中には、あの作品を気に入った者もあれば嫌った者もいた。と同時に、あの作品をきっかけに僕達を知った人もいて、そうやって物事が広がっていくうちに、僕達の音楽がマタドールの耳に届いたっていう。だからこれまでとプロセスとしては変らないし、自分達にとっては良かったと思ってる。
うん、別にその過程を否定してるわけじゃないんです。ただ、あなた達はすごく自主性のあるバンドだし、大きなレーベルに向かうのもちょっと意外で。たとえばツアーも自分達でオーガナイズできるような、世界的に広がるハードコアのネットワークを持ってるわけですよね。
うん、そうやってハードコアの道を守るのは僕達にとっては大事だし。っていうのも、そうじゃなくて他の人間に多くの面を切り盛りされるようになってしまったら、そのバンドは終わりだからね。他の人間の指紋でベタベタにはしたくないし――もちろん、ツアーのブッキングだとか色んな面で他人の世話にはなるけど、少なくともバンドの考え方なりアート・ワークに関して自分達自身がかなりの部分まで直接タッチするようにしておくのは重要だし、要するにエンジンに石炭を放り込んで燃やしていく役、物事を動かすのは僕達自身であって、他の誰でもないってこと。どんなバンドでも、ある程度のレベルまで行ったら「OK!」って感じで、そこから先は首を縦に振るか横に振るかだけ、そこで満足してしまうものだと思うけど・・・ただ、今の段階の僕達はまだDIYなバンド運営のやり方を目指し、そこと繋がっているっていう。それはこのバンドの色んな面に関して言えるし、以前に較べて今は助けてくれる手が増えたってだけのことなんだ。だからって、僕達にとってのバンドのあり方であったりバンドをやる上での理想像から飛躍したものではない、という。
分かりました。話を戻しますが、メンバーは全員トロント出身?
そう。
トロントのパンク・シーンについて聞かせてもらえますか?近年のカナダと言うと、私の中ではインディ/ポップ系、たとえばアーケード・ファイアやBSSみたいなバンドの印象が強いし、そんな中でファックト・アップ相当な異端児のようにも思えるんですが。
なるほどね、うん。カナダのインディ、インディ・ポップ・シーンに混ぜて考えるから目立つんであって・・・彼らとは似ても似つかない、むさ苦しくラウド、マニックな音をがんがん出してるっていう(苦笑)。いやでも、もちろんそこにも僕達が出てきた場所という文脈はあるんだ。というのも、トロントって実は歴史的にパンクで知られる、パンク・ロック・シティなんだ。もちろん、まずニューヨークがあるわけだよね。北米のパンク好きな連中の大半は、ニューヨークにたむろってた。でも、トロントってのはいわば、北米のもうひとつのロンドンみたいな場所でね。それは僕個人の解釈だけど、70年代後期のトロントにはビッグなパンク・ショウがたくさん訪れたんだよ。セインツ、デッド・ボーイズ、ラモーンズなんかどれもみんなツアーに来てね。以前エフェジーズ(Effigies)っていうシカゴの80年代初期パンク・バンドのインタヴューを読んだことがあるけど、彼らによれば70年代末のシカゴにはパンク・シーンが存在しなくて、だからヴァイルトーンズ(The Viletones)やダイオーズ(The Diodes)を観るためにトロントまで出向かなきゃいけなかったって話をしてて。それに、シアトルの連中がかつてはサブヒューマンズやディッシュラグス(The Dishrags)なんかを観にヴァンクーバーまでわざわざ出向いたって話も聞いたことがあるし・・・要するにトロントには長いパンクの歴史があるってこと。それに、ファックト・アップが活動を始めた頃にちょっとしたハードコア・パンクの盛り上がりもあったんだ。5、6のバンドが活動していてね。
それって、トロントが他のカナダ都市に較べて環境的に恵まれていないから?
いや、それはないな。トロントはかなりコスモポリタンな街だし・・・
タフなパンク・ミュージックの盛り上がりって、大抵他よりも恵まれないエリアで生まれるものですよね。
うんうん。でも、それはハミルトンの方が当てはまると思う。というのも、本当に陰気な街で。
どんな風に?
んー・・・いや、もちろん良い面もあるんだけど、基本的には今風な都市基盤に基づいた工業都市でね。なんというか、醜い街で、すごく抑圧的なエッジを感じるっていう。もちろん悪いところばかりじゃないしナイスな人達も出てきているけど、そういう一種の絶望感、プレッシャーって、常に外に向かう攻撃性の温床になるものだから。それに較べてトロントは、すごくコスモポリタンで大きな都市だし・・・もちろんダークなエリアもあるけど、そうだな・・・・・・パンクな・・・活気があるっていうか?!(笑)とにかくトロントは活き活きした時期にあると思うし、たくさんの人々、色んな考えの持ち主が新しいタイプの音楽をやろうとしてる。その中の小さな爆発を、ファックト・アップは引き継いでいるんだよ。(パート2に続く)
ファックト・アップの公式ブログはこちら!
ファックト・アップを脱兎チェック!
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