少し前まで、毎朝6時頃キッチンの窓辺に来て啼いている小鳥がいた。雀より少し大きく、胸のあたりが黄色い以外は灰褐色の羽毛に包まれたその小鳥――駒鳥の一種?――の「チッチッチッ・・・」というチアフルなさえずりに目を覚まし、しばらく彼(彼女?)の愛らしいダンスを眺めながらゆっくりコーヒーを飲むのがちょっと贅沢な日課になっていった。こっちが真似して口笛を吹くと、仲間と勘違いしてさえずり始めるのも愛嬌がある。餌付けしようとヒマワリの種だの蒔いてみたのだが、バタバタ集まってくる要らぬ鳩(ロンドンの鳩は東京のカラス並みに意地汚い)に気圧されたのか寄ってこない。こちらが急に動くと、慌てて飛び去ってしまう。もどかしい。
そうこうするうち、いつの間にか小鳥は来なくなった。つがいの季節が終わりどこかに巣をかけたのだろうか?ともあれバード・ウォッチングは根気のいる作業のようで、気がつけばじっと観察するうち1、2時間は軽く経っている。鳥類学にはまっているというシェアウォーター(=ミズナギドリ)の中心人物ジョナサン・メイバーグは、そんな(気まぐれで物言わぬ)自然相手の地道な作業を厭わない人のようだ。マタドールからのデビュー作(そのプロローグとして前作「Palo Santo」が再録ヴァージョン他ボートラ付きデラックス・エディションで再発されているが)になるこの作品を聴いていると、彼は自分とは別の時間軸の中に生きているのかもしれない、とすら思う。タイトル「Rook」=ミヤマガラスにちなんでか、ジャケットにはカラスの巣と化した人間とも彫像ともつかないミステリアスなフィギュアが写っている。それは自然をないがしろにした人類の末路の未来的アレゴリーとも、太古の守護神のようにも見える姿だ。
前作「Palo Santo」で、長らく掛け持ちしてきた兄弟バンド:オッカヴィル・リヴァーからの離脱――オッカヴィル・ファンはジョナサンの離陸を大いに惜しんだわけだが、両者の関係は良好なままだし、むしろ自然な必然としての「枝分かれ」だったのだろう――を宣言したとすれば、「Rook」は独自のサウンド美学を深化・発展させた本格開花作であると同時に、ジョナサンと盟友ウィル・シェフとの間に生まれたギャップをくっきり刻んだものだとも思う。オッカヴィルもシェアウォーターも好きだが、前者がウィルの男っぽい歌声とストーリーテリング、グルーヴ重視の優れたロック・コンボ(ブルース・スプリングスティーン型)へ成長を遂げつつあるとしたら、シェアウォーターはいわばコインの裏。ウィルの曲、特に彼の歌詞には常に暗い影があるので一概には言えないが、アレンジと音響~ムードにより重点を置いたシェアウォーターの音楽はオッカヴィルのリアルに対し一種幻影のような美しさを追求している。ものすごーく乱暴に言うと、「ウィルコの実験性とルーツ性がふたつに分かれた」。しかし双方とも歌心はきちんと備えている。
ゆえに歌ベースのフォーク・ロック/メランコリックなバラッド調メロディというソングライティングの根本はこの作品でも揺らいでいないが、音の深み、質感は峻烈さを増している。前作はニコのライフ・ストーリーがゆるやかなコンセプトとして据えられていたが、ヨーロッパ的重厚さ~ゴシック・ドラマの暗鬱さは彼女とジョン・ケイルが作り出したサウンドを彷彿させる。「South Col」など、「Marble Index」や「Desertshore」のアウト・テイクと言っても通じるかもしれない(ちょっと誉めすぎか・・・)。
前作以上に鍵盤の凛と調和のとれたトーンが前面にフィーチャーされ、ストリングスやホーン、ハープ、ダルシマー等様々な楽器、そしてパワフルなドラムがギター・サウンドに替わって静/動、陽/陰のコントラストを縁取っていく様はさながら音響ロック版バロック・ミュージック。本作に20年前発表されたトーク・トークの名作「Spirit of Eden」がだぶるのは、クラシック、ジャズ、現代音楽、エレクトロニカと緻密に折り合わされた音楽性と職人技に近い音の吟味に共通するものがあるからだろう。時にファルセットを響かせオペラ歌手的なドラマを描き出すジョナサンのエレガントな歌声にも、マーク・ホリスの悲劇的なトーンが残響している。
エレキのホワイト・ノイズや不協和音の方が強力に思えるけれど、シェアウォーターの極めて抑制されたアレンジ・コンテクストにおいてはクラシカルなアコースティック楽器も凶器になり得る。①「On The Death of The Waters」の1分30秒目でその威力が証明されるように、一見穏やかな表層の下にはテンションの高いエモーションが渦巻いている。その情念は、黒雲に覆われ始めた空が突然割れ、夕立と雷が容赦なく襲いかかるような激しさと共に爆発する。ジョナサンのヴォーカル・パフォーマンスとダイナミックなビートが光る「Rooks」「Leviathan,Bound」「Century Eyes」はそのいい例だが、そこから「Home Life」「Lost Boys」「The Hunter‘s Star」など格調高いジャズ・フォーク風アンサンブルやクラシカルなアレンジに包まれた繊細極まりない哀歌に引き絞っていく様は、嵐が去り凪が訪れ微かな陽光が雲間から差し込む、あのほっとするような瞬間を想起させる。
「Rook」のダークで悲痛な歌の数々は、色で言えば灰色になるかもしれない。しかし一口に灰色と言ってもチャコールから灰紫、砂鉄色、絹の光沢を持つグレイまでいくつもトーンがあるように、シェアウォーターは悲しみというエモーションを軸に、その細かいグラデーションを丁寧に積み上げることで豊潤な音世界を現出させている。それはもしかしたら、ジョナサン・メイバーグのバード・ウォッチング体験やそれに伴う自然観察から生まれた、微細な変化を辛抱強く一守る感覚かもしれない。それを思えばこの作品にフリードリヒの絵から受け取るスピリチュアルで悠久な、ある意味今の時代に似つかわしくない空気が宿っているのも不思議ではなさそう。しかし今トレンディではなくとも、じっくり向き合うことで感動が打ち寄せるこうした優れた作品こそ、実は本当に時代を越えて聴き継がれるのではないかと思う。海や山が何千年とそこにあったように。
この密度の濃いサウンド・スケープをライヴでどう表現してくれるのだろう?と楽しみにしていたのだが、アナウンスされていたロンドン公演は急遽キャンセル。日程をチェックするとドタキャンの理由はコールドプレイのUSツアー前座に急遽抜擢されたせいらしい。マタドールにとっちゃ願ってもないビッグな露出なんだろうし、200人のコアなファン相手のツアーより1万人の十分の一が耳を傾けれくれた方がバンドにとっちゃプラスなのは分かるけど・・・アリーナ・ロックの即効で明快・華やかな感動を目指している今のコールドプレイ目当てのファンがどれだけシェアウォーターの濃厚なサウンド・スケープに興味を示すかは、疑問だったりする。
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