指で押すとぐずぐず崩れる柔らかな果物。ゆらぎながらシロップに溶ける氷にぶつかり、水煙を巻き起こすリキュール。水銀のように形を変え流れていくディアハンターの音楽を聴いていると、何かが消える/終わる一歩手前のどこかあやうくデカダンなイメージが頭に浮かんでくる。何層にも重ねられ、始まりも終わりも不透明な無間=涅槃志向の「Loveless」サウンドゆえにネオゲイザーと呼ばれるもするのだろうけど、本作の主人公:アトランタ発のディアハンターを率いるブラッドフォード・コックスはデカダン&レイジーどころかワーカホリック気味で、前セカンド「Cryptograms」およびEP「Fluorescent Grey」と本作の間にAtlas Soundのソロ名義でもアルバムをリリース済み。この「Microcastle」にしてもボーナス・ディスク「Weird Era Continued」付きの実質2枚組(※)だし(ブログでの活発なMP3リリースはもちろん、グリズリー・ベア「Friend」EP参加やKからのシングル発表もあった)、多作ぶりの要因は何なのだろうと考えていて、夢や半夢な状態へのオブセッションが強い人じゃないかという結論に達した。眠りの中にいるのか醒めているのか分からない、曖昧でロジックの通用しないグレイ・ゾーン。その下にある時、脳波にはもしかしたらこんな音楽が流れているのかもしれない。あるいは「Cryptograms」でえんえんとリピートされていたように、そこはNo Soundなゾーンなのかもしれない。そのイメージを音楽の形にしていくのは、たぶん蜃気楼を追うようにエンドレスなだけにハマる行為なのだろう。
クラウト・ビートとアンビエント・ミュージック、ホワイト・ノイズをエフェクト・ペダルでアクション・ペインティングしていく「Cryptograms」の約半分は、聴き手に安易なよすが(メロディやヴォーカルなど)を与えるどころかスプロールしていくサウンドの真綿でこちらの感性を締めていくごとき甘美な悪意を感じる作品だった。その印象はディアハンターの扇動的で露悪気味なライヴ・パフォーマンスのイメージが影響しているからかもしれないが(容赦ない大音量ギターはもちろん、文字通り骨と皮、Fucked Up Childなブラッドフォードの暴れっぷりは見ていると妙に居心地が悪くなる。何せファースト・アルバムのタイトルからして「Turn Up Fagot」だしな)、「Microcastle」の彼らは流動的でオートパイロット気味なサウンドをポップ・ミュージックのフォーマットに流し込むことに成功している。「Cryptograms」中のシューゲイザーな佳曲「Spring Hall Convert」「Strange Lights」などキャッチーなメロをフィーチャーした楽曲のアプローチに近いし、歌中心だったEP「Fluorescent~」のミニマリズムもヒントになっているようだ。
それだけにアルバムとしてはぐっとアクセスしやすくなっていて、「Never Stops」あたりからブラッドフォード・コックスの内なる少年性が全開したリリカルな旋律が次々に流れ出し(歌唱スタイルがデリケートになった点も大きい)、アーサー・ラッセルやヒズ・ネーム・イズ・アライヴあたりを彷彿させる瞑想的なサウンド・コラージュに遠い歌声が明滅する中盤は、さながらプラネタリウムの回廊に囲まれる気分。そのままブラックアウトしてしまいそうな感覚をリセットしてくれるメカニカルなクラウト・ビートとディストーション・ギターの饗宴が抜群にかっこいい「Nothing Ever Happened」(プライマル・スクリームがプレイしてもおかしくなさそうなこの曲、ディアハンターのトラックの中でも一番ポップでは?)を境に、アルバムは彼ら特有の濃い音の霧で包まれていく。〝ヴィクトリア朝の吸血鬼〟というゴスなモチーフとロックンロール・ビートがB級ホラーっぽくてナイスな「Saved By Old Times」、オールディーズなメロディがこれまたノスタルジックな「Neither of Us~」とラスト「Twilight At Carbon Lake」は、爆音のフィナーレへなだれこんでいく切なさと刹那さのブレンドがたまならい。
ボーナス・ディスク「Weird Era」はホーム・レコーディングなども混じるアンソロジー的内容で、ニコラス・ヴァーンズ(アニマル・コレクティヴ、ギャング・ギャング・ダンス他)がレコーディングを仕切った「Microcastle」に較べスタイル面での統一感が薄くランダムな内容になっている。アイデアのスケッチ集という趣きだが、ディスコ・パンク「Operation」、90年代ヨ・ラ・テンゴもかくやのメロディがキュートな「Vox Celeste」など聴きどころは随所にちらばっているし、「Vox Humana」でのもろにロネッツなドラム・パターンやビーチ・ボーイズへのオマージュ「Moon Witch~」に耳を傾けていると今回の2枚でブラッドフォード・コックスはフィル・スペクターにチャネリングしていたのかな、と思えてくる(「Microcastle」ではタイトル・トラックや後半のオールド・スクールなロックンロールがそれに当たる。グリズリー・ベアの「He Hit Me」のカヴァーも影響しているかも)。ジーザス・アンド・メリー・チェインの昔からレヴォネッツ、いちばん新しいところではグラスヴェガスまで、ウォール・オブ・サウンドとシューゲイザー勢は切っても切れない仲なのでさほど驚きではないが、アヴァンギャルドとピュア・ポップの出会いの場としてフィレス・レコーズのドリーミィなサウンドがモチーフになったのなら納得だし、夢と悪夢・情熱と狂気・繊細さとエゴが常に紙一重のフィルのダークネスと、子供のまま大人になったようなブラッドフォード・コックスの捩れた夢想とは絵としても絶妙なカップリングだ(別にブラッドフォードが拳銃振り回す人間嫌いというわけではありません。ひとりで充分です)。
まあ、自ら「ADD気味」と語るほどなのでこのポップ・フレンドリーな志向性が今後も続くかは分からない(もともと宅録上がりなので音楽性の振れ幅は広い)。しかしサウンドの壁に埋もがちだったメロディ・センスや歌を前に出すことでディアハンターの多元的な魅力がバランスよく提示されているし、それでもなお現実から感覚をスイッチ・オフし聴き手にひとときの白日夢を与えてくれる「夢幻製造会社」として見事に成り立っているこのイマジネーションあふれる作品は、彼らにとってのターニング・ポイントになるのではないかと思う。
(※)=ボーナス・ディスク付きは初回限定オンリーかも?たぶん「Weird~」は単独でも入手できると思います。アナログにはボーナス・ディスクとして「Weird~」のCDが付いてましたが、ジャケットが違うので混乱しそう。ちなみに米Kranky盤と4AD版ではこれまた別のアート・ワーク。ややこしいなあ。
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