前衛音楽とガラージ、アイオワとニューヨーク、カントリー・サイドとアーバンなゲイ・カルチャー、クラシックとポップ――アーサー・ラッセルという謎めいた音楽家の中には、そんな風に一見対極とすら思える要素がごく自然に遍在していたようだ。本人が他界してはや16年、膨大なアーカイヴ音源のリリースもまだ始まったばかりと言える彼の生涯を追った初のバイオ映画であるこの作品は、文字通りそんな「ワイルドな矛盾」を抱えたアーティストの小さな、しかし豊潤な内宇宙をヒューマンかつ詩的にあぶりだしていくトリビュートだ。
70年代後期~80年代初期のNYディスコ・サウンドを集めたオムニバス、ロンドンのレーベルソウル・ジャズ・レコーズによる「The World of Arthur Russell」、オーディカからの再発シリーズの一環「Calling Out of Context」(共に04年)などを通じ、ここ数年の間にアーサー・ラッセルの名前は知られざるカルト・アイドルのひとつとして蘇生・認知されるようになったと思う。かくいう筆者も「Calling~」で彼の音楽に出会ったクチだったが、「First Thought Best Thought」など現在入手可能な音源をぽつぽつ辿っていくうちに〝ディスコ/ガラージの草分け〟というもっとも頻繁に使われるキャッチ・フレーズ――このロンドンでの短期単館公開も、初日はDJ付きのパーティーがオープニング・イベントを飾った――は、彼の音楽のほんの氷山の一角なのだな・・・と感じるようになった。
それは恐らく本作の監督マット・ウルフにしても同じだったのではないか?と思えるほど、アーサー・ラッセルの個人史には60年代から80年代に至るアメリカン・アンダーグラウンド、いわば裏ポップの様々な断層が含まれている。アイオワの片田舎に生まれ、チェロの演奏や読書、現代音楽やジャズに傾倒していった孤独な思春期。筆者の頭の中ではスリップノットくらいしか思い浮かばないアイオワ(すごい偏見ですね、すみません)を出奔し、サンフランシスコのヒッピー・コミューンで仏教や東洋思想にインスパイアされ、フォークをミックスしたオリジナル音楽(仏教ポップという形容が出てきて笑える)を作る傍ら詩人アレン・ギンズバーグと交流を深め彼のレコーディングにも参加。ニューヨークに移ってからは、その音楽的才能を活かして実験/前衛音楽家ワークショップで音楽監督の役をこなしながらアンダーグラウンドに勃興しつつあったパンクやノー・ウェイヴ勢とも連携。モダン・ラヴァーズのライヴを企画したり、また短い白黒ショットながらトーキング・ヘッズのデイヴィッド・バーンとライヴで共演する姿には、よくこんな映像が残っていたな・・・とびっくりさせられる。
しかし完璧主義(なかなか作品を完成させることができず、えんえんと楽曲に取り組み続けることもあったという)と内向的な性格がたたってかロック・バンドのメンバーとしての活動は立ち行かず、もうひとつのニューヨーク・ダウンタウンのアンダーグラウンド=ディスコへと足を踏み入れていった彼はDJ達に強い衝撃を受け、やがて匿名でリリースしたクラブ向け12インチ・シングル(名曲「Go Bang!」含む)でヒットを飛ばすようになる。その間もロバート・ウィルソン作品への参加など現代音楽とポップの間を行き来しながらホーム・レコーディングを続けていたものの、86年にはエイズ感染が発覚。ラフ・トレードからのリリース計画が頓挫したりしながら病を押してパフォーマンスを続け、惜しくも6年後に死去。残された音源テープは1000本以上にも上るという。
主人公の生い立ちからミュージシャンとしてのヴィジョンの開花、音楽性の推移・成長、メインストリームな音楽産業とのすれ違い、没後に少しずつ高まっていった評価までを時代を追って検証していくというオーソドックスなスタイルの人物ドキュメンタリーで、逸話そのものはこれまでCDライナーノーツやバイオグラフィ内でも明かされてきた。しかし本人の生前の映像や写真、両親や恋人、ギンズバーグ、フィリップ・グラス、アーニー・ブルックス(モダン・ラヴァーズ)といった周辺者の証言で肉付けされることで彼の人物像はより鮮明に浮かび上がってくるし、モデルを使っての再現シーン、アイオワのトウモロコシ畑やハドソン川など、ビデオで撮影されたという瞑想的でデリケートなイメージ映像と音楽(この作品には未発表音源も使われている)のシンクロも効果的。スコット・ウォーカーのドキュメンタリー「Scott Walker:30 Century Man」でも音楽に合わせてイメージ映像が何度か登場したが、曲の歌詞をヴィジュアルで解釈しようとした結果の安っぽいデジタル・パターンにはげんなりさせられた(DVDで観たんで即飛ばしましたが)。
この2本は「カルトなアーティストとその変容の謎に迫る」という素材そのものは基本的に同じながら、スコット・ウォーカー作品がファン総結集の礼賛オン・パレードさながらなのに対し、「Wild Combination」インタヴュー部は本人を実際に知っていた人/再発に携わった人物に限られている点も違う(ファンからのラヴ・コールは、最後に登場するイェンス・レクマンのみ)。当時の映像が少なかったための処置でもあるのだろうし、ボウイ、ブラーのデーモン、レディオヘッド、アリソン・ゴールドフラップなどスコット御大について、自らに及ぼした影響についてピーチクパーチクしたいセレブ連中がいるのも分かるけど、彼らのアイドルへの憧れ(→かなり意味なし。特にボウイ。あの人はなんで映像だとバブリーになってしまうのだろう?)を羅列して隙間を埋めるよりウォーリー・ストットやジャーヴィス・コッカー、サイモン・レイモンドら実際に一緒に働いた人間の談話にストイックに絞ってくれた方がよっぽど良かったんじゃないかと思った。それでも「30 Century~」には隠遁人スコット・ウォーカー本人のインタヴュー部やレコーディング風景などレア映像が含まれているので、そのためだけでも観る価値はあるのだけども。
話が逸れたが、「Wild~」はアーサー・ラッセルという謎に包まれた音楽家と彼の音楽を培った時代そしてトポロジーを丁寧にひもといていくことで、クラシックからポップまで広がるそのサウンド・コスモスへの興味を更に掻き立てる。ディスコ時代を除けばいわゆる〝成功〟とはほとんど縁がなく、そのキャリアは実にプライヴェートなものだった。しかし結果的にはその成功との距離が彼をある意味守り、ジャンルを横断して心の赴くまま生み出されていった音楽にフォークであれインストであれダンス・ミュージックであれ、タイムレスでピュアな何かを宿らせているのだろう。10月末には「Love Is Overtaking Me」(オーディカからのコンピレーション・シリーズ最新作で、ポップを中心にホーム・レコーディングやデモ曲を収録している模様)が登場、また「Wild~」も11月にDVDリリースされるので、ファンの方はもちろんアーサー・ラッセルに初めて触れるという方にも、これを機にぜひその自由でコズミックな世界にトライしてほしいと思う。
「Wild Combination」公式サイト
「Wild Combination」DVD版情報
アーサー・ラッセルを脱兎チェック!
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