ファースト・シングル「Chemtrails」を聴いた時点では、その深遠なコズミック感――マンフレッド・マン・チャプター・スリー、ピンク・フロイド「おせっかい」、セルジュ・ゲンズブール「Melody Nelson」他、60年代末~70年代初頭のヨーロピアン・プログレ・サイケ――から、「Modern Guilt」は再び「Mutaitions」「Sea Change」に近いトーンに回帰するのか・・・と予想したところ、トータルでの印象はちょっと違った。上記の2枚は個人的にベックの作品中もっとも好きなアルバムだが、本作は内省的と評されるあの2作以上にエモーションの面で閉塞しているし、一方サウンドは「Guero」以降のデジタル・ファンクやドライなガレージ・ギター・サウンドまで包括する凝縮度の高いものになっている。ブルースをモダナイズした「Orphans」(キャット・パワーの儚いコーラスがいい味)、サーフ・ギターが小気味良くリードする「Gamma Ray」、ジェイソン・フォークナー&ジョーイ・ワロンカーが腕をふるい、タイトル・トラックではブリティッシュ・ビートにジャンプ、トム・ヨークが喜びそうなドラムン・ベース「Replica」、ボトムの効いたガレージ・ロック~ファンク「Youthless」「Soul Of A Man」、ノスタルジアと未来が交錯する「Walls」などどの曲も異なるフレイヴァーを施されているし、プロダクションも秀逸。「Chemtrails」のえぐいエディットなど普通なかなかできないし、随所にドロップされたエフェクト使いやシンセも冗漫になることなくタイトだ。
前作「The Information」が筆者にとって印象の薄い作品だったのは、中途半端なラップ曲だのストーンズ風ホンキィ・トンク、ビートルズ/キンクス、ヒップホップなどアイデアをがんがん放り込んだまでは良かったものの、そこからの絞り込みが足りなかったからではないかと思っている。対して30分強のこのアルバムは、ベック本人が演奏の大半を手掛け、制作そのものも短期決戦。アップリフティングなコーラスこそほぼ無に等しいものの、イージーな即効型ではなくじっくり聴かせるソリッドな楽曲だけに絞ることで、ソングライターとしての力量(「Modern~」の曲はどれもアコギ1本で弾けそうだ)とサウンド文体を有機的に結び付けることに成功している。ベックがこれまで大まかに「表」(「Odelay」「Midnite Vultures」)「裏」(「Mutations」「Sea Change」)に振り分けてきた世界が、やたらキャッチーだった昨年の「Time Bomb」でひっくり返りミックスされ、1枚に統合された作品と言っていいかもしれない。
その達成は、プロダクションからビート作り、演奏まで文字通り本作で補佐役を果たしたデンジャー・マウスの存在も大きかったのだろう。「Grey Album」やゴリラズ、MFドゥームで名を馳せた彼だが、その驚異的な博学ぶりはヒップホップにサイケデリック、ロックにファンクと自由に音楽ヒストリーを横断していく。ダンス・バンドと括られがちなナールズ・バークリーの作品ですらトゥリーズやトウィンクといったカルトな音源がサンプリングされ、ヴァイオレント・ファムズのカヴァーがひょっこり顔を出したりする。ブラック・キーズからマルティナ・トプリー・バード、スパークルホースまで手掛けられるのも、彼のそんな引き出しの多さとフュージョン性ゆえ。折衷とフュージョンの代名詞であり自らもマニアックな音楽ファンであるベックとの相性はぴったりだし、デンジャー・マウス絡みの作品にほぼついて回るニューロティックなサウンド・デザインとマイナー調の空気(「Who‘s Gonna Save My Soul」と歌うCee-Loのスピリチュアルな姿勢もあるのだろうが)は、現代の罪悪感――エコロジー、未来への不安、ディスロケーション、パラノイア、疎外などから生まれる――というタイトルの本作の重さともシンクロしている。
しかし、「今の時代とそこに生きる作者」というテーマにも関らず、アルバムそのものはモダンというよりクラシックな趣きだ。10曲で完結するこの作品は、A面5曲/(ひっくり返して)B面5曲というアナログ時代を思い起こさせる。最初は「えっ、これで終わり?」と感じるほど短いが、アルバムのシークエンスが完璧かつムードは統一されているので一気に通して聴けるし、1曲1曲が濃いので聴きごたえはある。「Sunday Morning」のアウトロに「I‘m Waiting For The Man」のイントロが聞こえるように、この曲の次にはこれが来て、という具合に道筋がちゃんと見えるのだ。シャッフルしたり好きな曲だけピックアップして聴くのが当たり前な現代に対するアンチテーゼ・・・かどうかは分からないけど、アーティストによって作品像が定義されていることには安心する。それがオーディエンス側の要求と合致するかはまた別の話とはいえ、ファン主導に流れすぎでは?とすら感じる最近の音楽シーンの傾向(ファンの反応に耳を傾けるのは大事だが、彼らの顔色を覗うようになってはおしまいだ)をこんな風にちょっと押し戻す勇気は必要だと思う――アートに関しては、たとえ偏屈と言われても理解できないと言われても作り手の独断・本能を曲げないでほしいから。古巣ゲフィンを離れインディ大手のXLに移籍~ジャケットもいつもに較べシンプルで簡潔なこの作品のストイックな雰囲気は、「誰かを喜ばせるため」ではなく、ベックが彼自身のニーズに忠実に作った結果なのかもしれない。
だったらハッピーになっても良さそうなものだが、「Modern~」の世界観は失意に満ちた暗いものだ。もともとチアフルな歌い手ではないし、たとえば「Sea Change」も切ないアルバムだった。しかしあのアルバムが物事の終わりを受け入れた時の一種の解放感・穏やかな諦念を感じさせたのに対し、疲労と苦味すら湛えた本作のヴォーカルはむしろ苦悩が現在進行形であることを伝える。シュールな言葉遊びのセンスや詩的イメージは健在ながら、歌詞は神の救済を求める思い、日々の徒労感、終末論的ヴィジョン、つきまとう罪悪感、崩れていく壁、レプリカ(複製品)と化した人生/リアリティの消失など、行き詰まり迷う人間の思いをびっくりするほどありていに綴っている。それをして「ベック〝中年の危機〟論」が出てくるのも分からないではないし、実際同年代の人間としてその混乱はとても共感できる。「I‘m a loser baby,why don’t you kill me?」とうそぶきMTVのスターになることでMTV文化を蹴散らし、LA(アメリカ)の広漠を自分の庭のように駆け回ってきた若者は、このアルバムでは様々な重い荷物を背に、狭くなってきた道をとぼとぼ歩いているように見える。
そうした痛みを抱えつつも、この作品は安易な解答や大上段の現代社会批判に流れることなく、あくまで自らの内的世界との語らい~意識の観察に留まっている(周囲のせいにしてしまえばすごく楽なのにね)。とてもプライヴェートな音楽だし、それを作品にする上で幻想的で寓話めいた空気(歌詞、サウンドの両面で)を付与したところはさすが。私小説のレベルを越え、普遍的なエモーションにリーチしているという意味でフレイミング・リップスが「At War With The Mystics」で行なったコズミックな近未来ポエジー(マクロ)+実存的な迷い(ミクロ)の図式が思い浮かぶし(「Volcano」のストーリー・ラインに、リップスの「Pompeii Am~」と「Yoshimi」がだぶるのは筆者だけだろうか?)、後期エリオット・スミス作品の儚さにも通じる。両者の友人であるベックにしかできない芸当かもしれない・・・と感服しつつ、ちょっと心配になるのも事実。それくらい、このアルバムのベックは疲れている。
しかし「Modern Guilt」でもっとも美しくエモーショナルなファイナル・トラック「Volcano」で、彼は火山の火口に飛び込んだ日本人の少女の逸話に「彼女は世界の子宮に戻ろうとしたんだろうか?」と夢想しつつ、「自分は火口に落ちていかない/あの火にあたって、冷えた身体をちょっと温めたいだけ」と歌っている。彼は落ちてしまったら終わりだと知っているのだろうし、この作品がダークなのは、むしろ前にブレイクスルーするための一種の「厄払い」だからこそではないかと思う。それでもこんなに質の高い作品を送り出すベックの成熟に拍手を送りつつ、禊を終えた彼の「次なる一手」が楽しみにもなった。
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