ブラック・フラッグTシャツを着ている輩に、最近よく出くわすようになった。音楽フェスで若い観客をちらっと見渡しただけでもあのBFロゴTシャツが目に付くし、もしかしたら、今や定番のニルヴァーナTやジョイ・ディヴィジョンTを上回るのでは・・・?とすら思えてくる――なんとも奇妙な価値観の転換/混乱現象が起きているようだ。あのバンドが、突如としてそんなに重要視されるようになったのはどうしてだろう?(ジェイムズ・マーフィーの影響なのか??)この不可解な現象を理解するには更なる価値観の転換・ひねりが必要なのだろうし、ダーティ・プロジェクターズが5作目「Rise Above」でやっているのも、まさにそういう「ひねり」だと言える。
バンドの中心人物デイヴィッド・ロングストレスは、この作品を自らの記憶を頼りに作り上げたという。ブラック・フラッグの歴史的名作「Damaged」(81年)収録曲のタイトルや歌詞を思い出しながら、それを異なるサウンドの中に解体/翻案しようとする試み・・・というわけだが、もしもその逸話が本当だとしたら、オリジナルをほぼ変えることなくそのまま使っている歌詞から察するに、この男の記憶力は相当なものだと思う。また、一歩間違えばハードコアをアイロニックにパロったポスト・モダンな音の展覧会~コンセプト先行な作品になりかねないところを、優れた知性と複雑さを音楽に織り込でいくことで、この作品は作り手の自己満足なプロジェクトに終始するのを見事に回避している。というわけで、この作品に鳴っているのはサウンド面ではオリジナルと似ても似つかない、また、基本的に短いハードコア・パンクである原曲を4、5分台に引き伸ばした脱構築ヴァージョンということになるが、ノイジーでラウドなパンクだった「原型」が放っていた怒りはキープされている。
1曲目「What I See」は、アフリカのハイ・ライフ・ミュージック風ギター・ポップへと変容させられていて、アニマル・コレクティヴを思わせる、甘い砂糖菓子のような恍惚感に満ちたサウンド・エレメントも合間にちりばめられている。陽気で活力にあふれたこのトラックからして、ダーティ・プロジェクターズのアプローチがブラック・フラッグ・ヴァージョンとはまったく違うものであることは一目瞭然だろう。それよりももうちょっとハードな演奏を聴かせる「Six Pack」や「Spray Paint(The Walls)」は、作品にパンク的な攻撃性・エッジを与えているとも言えるが、それでもやはりぎりぎりのところでポップ・ソングとして成り立っている、どちらも耳を惹きつけて離さない魅力でいっぱいの楽曲だ。ヘリウム・ガスを吸いながら歌っているごとき変態じみたファルセット歌唱を、リッチでまろやかなバック・ヴォーカルで彩っていく「Depression」。プリンスの「サイン・オブ・ザ・タイムス」のアウト・テイクか?とすら思えるが、その辛口なアレンジメントは、歌詞の持つ辛辣で苛烈なパワーをオリジナルと同等に前面に押し出すことに成功している。このアルバムの中心的存在である文句なしのベスト・トラック「Thirsty And Miserable」は、最初から最後まで微光に包まれたごとき美しい輝きをチラチラ発する曲で、くぐもった酩酊感を伴いながら歌詞を辿り直していく。ドリーミーで内省的なその響きは、サウンド面でもっともオリジナルからかけ離れていると言えるだろう。「Police Story」は、恐らく歌詞解釈/歌唱表現の面ではタイトル通りもっともストレート・かつ分かりやすいものだが、最初にぱっと聴いた時は「権力から暴力的に弾圧される・・・という重苦しい話を、こんなにスウィートなヴォーカルが歌ってみせるのはかなり変だ」と違和感を覚えるかもしれない。しかし、ブラック・フラッグ・ヴァージョンの持つ体制への苛立ちと嫌悪感とは、このヴァージョンからもちゃんと伝わってくる。最終曲「Rise Above」は、ほとんど完璧に近いこのアルバムを締めくくるパーフェクトな楽曲。シャープで隙のないヴォーカル・アンサンブルが楽曲のソウルフルなコアと対照しつつ、息を呑むほど美しいギター・ワークとヴォーカル・メロディがツバメの優雅な滑空のようにその合間を縫っていく――これを聴いたら、降参するしかないだろう!スクリッティ・ポリッティの「Faithless」以来の「インディ・ポップ版ソウル・ミュージック」と呼びたい素晴らしい楽曲だし、スクリッティ・ポリッティもまた、彼らと同じようにシリアスでポリティカルなメッセージに天与の甘さを注入できる稀有なバンドだった。
変則的な、しかし完成度の高いユニークなアレンジと緻密なヴォーカル・ハーモニーはエネルギーで充満しているし、それを縁取る豊潤なプロダクションが加わることで、このレコードは世にはびこる退屈な作品群とは一線を画す、際立ったアルバムになっている。安易なハイプや誇大宣伝文句が跋扈するこの時代に、「天才」という決まり文句を持ち出すのは正直言ってはばかられるのだけれど、このアルバムはたぶん、その定義にもっとも近いところにいる作品だと筆者は思う。この作品は、独創的で知的で、現在リリースされているどのレコードともまったく違うサウンドを鳴らしているのだから。と同時に、このアルバムはブラック・フラッグが「Damaged」で力強く描いてみせた体制権力による公民権の剥奪といった事柄を再検証しつつ、それを25年後の新たな世代に向けてすっかり書き直してもいる。ブラック・フラッグのオリジナルをリリース当時に愛聴していた小数派の人間のひとりとしては、あの作品のテーマやメッセージがこうして一歩前に推し進められたのを耳にするのは、非常にリフレッシュされる経験だったりする。
ブラック・フラッグの熱狂的な信者の中には、この作品を「オリジナルを冒涜するもの」と批判し、ダーティ・プロジェクターズに脅迫状を送りかねないほど怒り狂っている人間もいるようだが(そういう連中は、音楽を介してのカタルシス体験という概念をまったく理解していないのだろう。かわいそうに!)、彼らの指摘はまったくの的外れだ。この作品こそ次世代のためのハードコアであり、音楽的な文法はパンクとはまったく異なるものの、やはりパンク同様、耳に新鮮な驚きを与えてくれることに変わりはない。もちろん、ブラック・フラッグTシャツをファッションとして着ているような、今時の小金持ちなお坊ちゃんロック・キッズ連中はそんなことは一切理解しないだろうし、今から25年経ったところで、人々がこぞってダーティ・プロジェクターズTシャツを着始める・・・なんてことは起きっこないだろう。それでも全然構わない。トレンドに右へ倣えできない我々のような音楽ファンにとって、ダーティ・プロジェクターズは宝のように貴重な存在だし、そんな彼らが活動を続ける限り応援していけばいいのだから!
ダーティ・プロジェクターズ「Rise Above」を脱兎ゲット!
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