ハードコアというのは、たとえばインダストリアル・ミュージックなんかと同様のめり込むのが難しい、敷居の高い音楽じゃないか?といつも思う。もっとも、テンションの高い強烈な音楽ながらメロディに関してはストレートなものも多いから、入りにくいのは必ずしも音のせいだとは思わない。それよりもむしろ、バンド側の気風だったりファンの一部の存在がそうした状況を作り出しているのだろう。
例:10代後半の頃にSST作品に出会った僕は、たちまちそのダイナミズムの虜になった。だが、USハードコアと密接な繋がりがあるとされていた「オルタナティヴなライフスタイル」というものはピンとこなかった。僕はスクワットでのコミューン暮らしもしていないし、ハッパやドラッグにハマってもいない。ぶっちゃけ、そうしたハードコアな生き様に僕自身はまったく無縁だったのだ。けれど僕は、白熱するパンク・バンド:ハスカー・ドゥーの音楽の素晴らしさには魅かれた(「たぶんディスチャージあたりの音に近いバンドなんだろう」と思っていたのだが、その予想は裏切られた)。彼らの叩き出す怒涛のサウンドの下には緻密なメロディ・センスと音楽的な野心、そして逞しい知性が隠されているのも感じることができた。彼らの音楽はドロップアウトした不良キッズなんぞに安易に鳴らせるようなものとは僕には思えなかったし、ハードコアがルーツにありつつも、これはむしろ現代的なプログレ/サイケじゃないかと感じもした。また、その意味でハスカー・ドゥーは原理主義者=ブラック・フラッグとは異なりオープンに様々な聴き手を招き入れる音楽だと思えたし、以来僕はそういう感覚を抱かせてくれる音楽を探し続けてきた。「Zen Arcade」を聴いた時の衝撃は時の流れ/時代の変化にも腐食しない経験として僕の心に今もくっきり象眼されている、それくらい決定的なものだったのだ。
というわけで、ファックト・アップは出会い頭から僕の考える優れたハードコアの基準値に達しているとんでもないバンドだった。彼らの存在を知ったのは音楽誌に載っていた彼らのライヴ写真を目にしたのがきっかけだったが、ピンク・アイズ(ヴォーカル)が半裸の巨体をめいっぱい曝しながらオーディエンスに向かって野獣のように咆哮しているその絵から僕は知性とパワーの融合がシーンに戻ってきたのを感じたし、同じ思いは当時の最新アルバム「Hidden World」に使用されたアール・ヌーヴォーまがいのアート・ワーク、そしてストリングスやフルートまで援用した音作りからも浮かんできた。再び限界を押し広げ、ハードコアの「あるべき姿」に真っ向から挑戦しようとしているバンドがここいる、そう思った。続いてやっと観に行くことができたファックト・アップ初ライヴ体験ではバンドとオーディエンスがひとつになるあのすさまじい一体感の中に吸い込まれたし、トレイル・オブ・デッドやロケット・フロム・ザ・クリプトに近い迫力と共に迫ってくる勇猛果敢なギター・サウンドには圧倒させられた。素晴らしい血筋のバンドだ!そう感じずにいられなかった。
そのライヴのダイナミズムを盤にまでもちきたらすことに成功してみせたのが、最近絶好調で(何度目かの)ルネッサンス期を迎えているように思えるMatadorからのデビュー作(フル・アルバムとしてはセカンド)になるこのアルバムだ。ファックト・アップ自身の野心やアイデンティティはまったく損なわれていないし他の先輩バンドの物真似でもないが、彼らの存在はMatadorの初期から引き継がれてきたパンクのルーツに連なるものと言えるだろう。華々しいファンファーレに導かれてキック・オフし、ラストは囁くような物静かなトーンで終わっていくこの「The Chemistry of Common Life」という作品には、そのスタートとエンディングの間にいくつものビッグ・バンが埋め込まれている。個性的なスピリチュアリズムの中から神なき現代世界に向けて宗教まがいなイメージの数々が呼び起こされていき、たとえばダビデの書など旧約聖書に描かれたイデオロギーが現代的なコンテクストの中で再解釈されているような歌詞も興味をそそる。
1曲目「Son The Father」でギターが波状型の爆発点にリーチするまでビルド・アップしていき、そこから先は電撃パンク・サウンドの猛攻が続いていく。ハイライトをあげると、まずは熱狂の只中にも繊細なタッチと優美さを備えた名曲「Days of Last」(ベストな時のラングフィッシュを思い起こさせもする曲だ)そしてフガジ「13 Songs」に収録されてもなんの不思議もなさそうな怒号とチャント、リフが入り混じる「Crooked Head」。もうひとつのハイライト曲と言える「No Epiphany」はシュガーの「Hoover Dam」に一脈通じる徐々に盛り上がっていくタイプの曲だし、「Twice Born」のゴシックまがいなコーラスは聴いているうちにこの曲はオールド・スクール・パンクに対するオマージュであると同時にそれを皮肉ったものじゃないか?とすら思えてくる。
キラー・チューンの連打・・・と言いたいところだし、実際この作品がそういうスタイルで仕上がっていたら完璧だったんじゃないかと思うが、実に残念なことにこの作品のアキレス腱もそこにある。収録されたインスト・トラック2曲はさすがに冗長に感じられるものだし、それらは僕からするとアルバムの持つ優れたフロウを中断しているとしか思えない。ファスト&ラウドの合間に変化をつけるという狙いそのものはいいと思うが、この作品においてはそれはまだ未消化の、やや野心的過ぎる試みに終わってしまった気がする。
僕が思い描いた、この作品は現在の若い世代にとっての「Zen Arcade」になるのではないか――という期待はやや外れたのかもしれない。がしかし、そもそも「Zen~」は唯一無二のアンタッチャブルなクオリティを持つ作品なのだし、比較対象にするのがそもそも無理な話。しかし「Chemistry~」は単体として考えても素晴らしいレコードだし、アラもいくつかあるものの、たとえば「Universal Truth and Cycles」の頃のガイデッド・バイ・ヴォイシズばりの激しい加速エネルギーがここに加わっていればこのアルバムはファックト・アップにとっての「New Day Rising」になっていたかもしれない、と思う。アナクロなパンクであると同時にダイナミックなパワー・ポップとしても成り立っている点は高い評価に値するし、何よりもこのシニシズムが横行する今の時代に、ファックト・アップが打ち出している前向きなオプティミズムとリアルな感性、そしてスピリチュアルな世界を追い求める強い思いは多くの人間が待っていたものだったのではないだろうか。とても重要なバンドだと思うし、彼らの次の作品をとても楽しみに待つつもりだ。
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ファックト・アップを脱兎チェック!
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